釈迦三尊像

金堂内陣の広い須弥壇(しゅみだん)には、飛鳥彫刻を代表する釈迦三尊像を始め、薬師像や四天王像のほか、鎌倉期に造られた阿弥陀三尊像や平安期の毘沙門・吉祥天像が安置され、また釈迦・薬師・阿弥陀像の頭上には、それぞれ華麗な天蓋(てんがい)が吊り下げられています。
端厳ななかに穏やかなほほ笑みをたたえた釈迦三尊像(鞍作止利(くらつくりのとり)作)の精緻な光背の裏面には、推古30年(622)に聖徳太子が発病され、また薨去されるにあたり、その病気平癒と成道を願って造られた太子等身の像が、その翌年に止利仏師によって完成したことなどが刻まれております。つまりこの像は、釈迦の像でありながら聖徳太子その人の像でもあるわけで、法隆寺が太子菩提の寺でもあることを物語っています。
(飛鳥時代 国宝)

薬師如来像

金堂東の間に安置される薬師如来像はその光背裏面の銘文に法隆寺創建の由来が刻まれています。それによれば太子の父、用明天皇が自らの病気平癒を願い、寺と薬師如来を作ることを請願されましたが完成を見ることなく崩御されました。その後推古天皇と太子がその遺志を継ぎ、推古15年(607)完成させたと記されており、これが薬師如来を本尊とする創建法隆寺であるとされています。しかし「日本書紀」天智9年の条に法隆寺が焼失したと記されており、現在の法隆寺はその後の再建と考えられています。
(白鳳時代 国宝)

阿弥陀三尊像

西の間に安置され、光背裏の銘文から、承徳年中(1097~1098)に盗難に遭い、運慶の四男の康勝が三尊を造顕して、貞永元年(1232)に供養された事が判ります。飛鳥の古様式を踏襲していますが、鎌倉時代の写実性がみられます。
(鎌倉時代 重要文化財)

天蓋の天人と鳳凰

金堂内陣には天人や鳳凰が舞う、三つの華麗な天蓋がつりさげられ、釈迦三尊像の中の間、薬師如来像の東の間(鎌倉時代)、阿弥陀三尊像の西の間とそれぞれ三つの空間に分けられています。天人は縦笛や琵琶などを奏でる愛らしい童子形で、鳳凰の嘴には小さな穴があり、元は飾りをつけていた事が判ります。
(白鳳時代・鎌倉時代 重要文化財)

吉祥天

吉祥悔過の本尊として、毘沙門天像と共に釈迦三尊像の左右に安置されています。法隆寺では吉祥悔過を大講堂で行っていましたが、承暦2年(1078)に両像が作られ、金堂で執り行われるようになりました。
(平安時代 国宝)

四天王像

須弥壇の四隅に置かれた四天王像は、現存する日本最古の四天王で、全体の直線的な表現は止利仏師の様式に共通し、後世の威嚇的な四天王像とは異なった物静かな彫像です。
(飛鳥時代 国宝)

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